歌舞伎の「型」から仕事の「フレーム化」を学ぼう
「プペル~天明の護美人間~」
おはようございます。1月20日SHIPの朝礼を始めます。
型破りと型無し
プペル歌舞伎前の市川海老蔵さんと西野亮廣さんのトークの2分30秒くらいのところで海老蔵さんから「歌舞伎の人って型を追う」という言葉がでてきます。その後で歌舞伎の定義を聞かれて「歌舞伎役者が演じるのが歌舞伎」と発言されています。「型」を身に着け「型」を追う歌舞伎役者の解釈により演じられるのが歌舞伎です。「型」があるからこそ「型」を超えて映える表現があり、それを「型破り」といいます。「型」に基づかない所作は「型無し」と呼ばれます。「型破り」「型無し」とも普段使いされる言葉でもありますが前者はポジティブな、後者はネガティブなニュアンスが感じられます。
間違ったフレーム化
ここまで何度も繰り返して書いた「型」が今期の基本方針の「フレーム化」ですが、はからずも間違えてしまうこともあります。
間違ったフレーム化は例えば
・マニュアル通りに行うこと
・固定的なテンプレートとそれに部品を当てはめること
市川海老蔵さんがいう「型を追う」との違いは何でしょうか?
「型を追う」のは人間の方です。型はマニュアルやテンプレ側ではないのです。マニュアルと違うことをやるのは型破りではなく、ルール違反でしょう。型がどこにあるかといえば人間の側です。マニュアルやテンプレは基本パーツとして人間が習得しておくべきものです。
フレームは理念を反映したもの
フレーム化に着手するときに最初に行うのは目的ですが、仕事の目的を列挙してみます。
a)お客様が喜んでくれる(成果)
b)お客様が喜んでくれる(コスト)
c)作り手側の生産性が上がる
これらa)b)c)はそれぞれ相矛盾します。ビジネスはこの連立方程式の回答をお客様に判定していただく競争です。歌舞伎もそのように「型を追う」を続けてきたのだと思います。だとするとフレーム化とは理念であり、人間の側の意思なのだと思います。マニュアルやテンプレも重要な部品ですがそこに理念をかぶせてワクワクする現場を作っていきましょう。
以上です。本日も一日よろしくお願いします。
2022年1月20日 at 8:10 AM
カルチャーとルールの話を部内でもしました。
ルールは法律。カルチャーは国民性。
このとらえ方に共通するなと思って今日の記事は読ませていただきました。