ビフォーアフター社長日記

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劇場版「鬼滅の刃」の大ヒット、煉獄さんのカッコ良さ


劇場版「鬼滅の刃 無限列車編」が10月16日公開から1ヶ月の11月16日現在、175万5285人、興行収入233億4929万1050円を記録し、歴代興行収入ランキング(邦画と洋画含む)では、君の名はの250億3000万円に次ぎ、第5位にランクインしているということです。

何故こんなことが起こったんでしょう?

と徒然に考えてみました。
#正解ではないよ
#自分で考えてみよう


「鬼滅の刃」の物語の構造は、人間と人間を喰らう鬼がいて、人間の中から鬼を滅する鬼殺隊が生まれ、鬼殺隊と鬼の戦いが基本にあります、鬼殺隊は人間の平和の暮らしを守るために鬼を滅するという一心で行動する無欲な人間の集団で、鬼はもともとは人間で、強くなれるとか、不幸な境遇から逃れられるという誘惑から鬼になり、自分よりも弱い人間を喰らうことでさらに強くなるので、人間を襲い増殖していきます。

主人公竈門炭治郎は家族を鬼に殺され、一人生き残った妹禰豆子は肉体は鬼になりかけていて、鬼の欲求が突き上がり兄をも襲いかねない状態なのに、妹を人間に戻すために、妹を自分の側で守り鬼殺隊として鬼と戦います。物語は主人公が鬼のラスボスを倒して、妹禰豆子を人間に戻せるか、それが叶わない結末になるかということになります。

物語の起承転結の承と転はこんなんアリかよとばかりの血鬼術を操る鬼と鬼殺隊との激しい戦闘シーンですが、戦闘が終わって鬼が敗れる結にあたるところでは、鬼が何故鬼になってしまったか、鬼になる以前はどんな人間で、どんな苦悩を背負っていたのかという回想シーンが挿入されます。そこではライバルへの嫉妬や、愛されたくても愛してもらえない誰かとの関係や、馬鹿にされ生きる値打ちもなかった絶望感などが吐露されます。

漫画や映画を観ている誰もが思い浮かぶ、逃げ出したくなる境遇とそのときの心境が、それまでの戦闘シーンとは対照的な静かなタッチで描かれます。スターウォーズでいえばダークサイドに墜ちた過去ですが、そこが物語に引き込まれるポイントです。


ヒットするエンタメはヒーロー(正義)がダークサイド(悪)を倒すストーリーで展開されますが、ポイントは観客(読者)がダークサイドの内面を理解できることです。ダークサイド側の悪意がわからないと、それが倒されても観客から喝采は起こりません。鬼滅の刃の鬼たちは、誰にでも経験のある誘惑に負けた心です。

鬼とは「時間がありませんでした」という言い訳や、「ここは見て見ぬふりをしておこう」という妥協や、「どうせ、駄目、、」という諦めなど誰の心にも巣食う「安易」の選択なのだと思います。「安易」側に墜ちる心の弱さがわかるので、「安易」側に堕ちた鬼を倒すヒーローには喝采をおくりたくなります。観客(読者)である僕たちの内面に棲む鬼とそれを打ち破る主人公や鬼殺隊を待望する気持ち、この両方が理解できるので残酷に見えるシーンも受け入れられているのでしょう。


劇場版鬼滅の刃では下弦の壱・魘夢(えんむ)は滅ぼしましたが、格段に強い上弦の参・猗窩座(あかざ)が炎柱の煉獄杏寿郎を待ち受けていました。

猗窩座に鬼にならないかと誘惑されたときの煉獄さんのセリフ
「君と俺とでは価値基準が違う」

煉獄さんがカッコ良いのは、僕たちにはなかなかできない「安易」と決別しているからです。


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